留学先で痛感したコミュニケーションの重要性
――活発になった野村さんはその後……。
堀口徹氏:
言葉、特に英語がすごく好きだったので、英語科のある高校に入りました。職業を意識し始めた頃には、語学を生かした仕事をしたいと思っていました。大学時代にはシアトルに留学するのですが、言葉ではすごく苦労をしました。留学先では、危険な目にも何回か遭いました。ある日、通学バスの路線を間違えてしまったのですが、親切な運転手さんが送ってくれるとことになりました。ほっとしたのも束の間、おろされた場所に地元のおばさん二人が走ってきて、「女の子一人でこの通りに入ったら、絶対に駄目!」と、ものすごい剣幕で怒られたのです。実は、ホームステイ先とは全然違う、危険な場所で降ろされていたことを知りました。その後は、ホストファミリーが私のために、もう一度一緒に通学路をチェックしてくれたり、そういう人たちの支えがあって、なんとかやっていくことができました。そういった経験から、「海外に行って、日本から来る学生さんをサポートするような仕事がしたい」と思うようになったのです。
――そこからアナウンサーへと進まれたのは。
堀口徹氏:
留学中に「しゃべっていても面白くない」と言われたことがありました(笑)。なぜかと聞いてみたら、「反論しないから。自分がこうだと思ったことは、イエスかノーかを、はっきりとロジカルに伝えるようにしないと、会話が面白くない」と。外国人の中で自己主張ができないことが、コンプレックスでした。色々と悩んだ結果、「その原因は英語ではなく、話し方なのではないか」という結論に達したのです。
「話し方を根本的になおさないと、私は海外で仕事はできない」ということで、まず話し方教室を探すことから始めました。NHKの初期のアナウンサーであったI先生という「アナウンサーが人生の全てです」というような、すごく厳しい先生に出会いました。最初は「なんで発声をやらなくてはいけないのか」などと思っていましたが、次第に「発声は全てに通じる」ということがわかってきて、面白くなっていきました。そうやっているうちに、アナウンサー試験にも受かることができたのです。どの放送局を受けに行っても、I先生のところで学ばれたのですね。喋り方ですぐにわかりますよ」と言われるくらい、個性の強い先生でした。
アナウンサーになってから教えてもらったことや、自分の経験により培ってきたものを、一般の方にも伝えたいという思いで始めたのが、2005年でした。10年前の日本には、あがり症の人のための話し方教室、アナウンサーになりたい人のためのプロ養成所しかなくて、その中間の人たちのための場所はありませんでした。
――そういった場所を必要としている人は、多いのかもしれませんね。
堀口徹氏:
子どもの時に話し方を習う機会がなく、苦労する人も多いのかもしれません。それに日本には、“阿吽(あうん)の呼吸”という独特のものもありますが、その感覚が時には「はっきり物を言い、相手に的確に伝える」ということの妨げにもなります。「これからの社会では必要とされる場所だ」と、アナウンサーの仲間二人と、会社の立ち上げに踏みきりました。でも、最初の頃は、パンフレットを持って会社訪問に行っても、まず「なんで話し方なの?」という説明をするところから始めないといけませんでした。
“話し方”で、本当に人生が変わるの??
――周りがまだ、話し方の重要性を感じていなかったのでしょうか。
堀口徹氏:
当時は、外資系の会社のトップのスピーチなどに触れる機会も少なく、スピーチやプレゼンの重要性を感じて下さる企業も、今ほどではありませんでした。「アナウンサーになるわけでもないのに、なんで発音をやるの?」と言われたこともあります。お給料でためた貯金が、どんどんなくなっていって、「缶ジュースを買うお金もないし、別の仕事をしようかな」と母に相談したことを、今でも覚えています。
その時母は、「じゃあお白湯を飲めばいいじゃない。もやしが一番安いから、もやしを炒めて食べたら?」と……(笑)。母の励まし(?)のおかげもあり、地道に続けていくうちに「異業種交流などの場でスピーチをさせられるから、一回、やってみようかな」と言ってくださる方も出てきました。最初に仕事を受けてくれた社長さんとは、今でもお付き合いがあります。その方は「人生が変わったと思う。発声なんかやって、どうするんだって思っていたけど、一生懸命やることによって、全てがうまくいきはじめた」とおっしゃいました。
――実際にやってみて、手ごたえがあったと。
堀口徹氏:
私は「だから言ったじゃないですか」と(笑)。「新人から始めて、これから管理職になる候補生にもやってほしい」ということで、その対象はどんどん広がっていくことになりました。私たちも最初は、スピーチだけを教えていましたが、営業の方には営業トーク、新人の方には印象アップできるようなマナーも含めて、そして管理職は、リーダーシップを取れるようなモチベーションの研修といったように、色々とコンテンツを増やしながら、ビジネスに合うようにアレンジして、自分たちで作り上げてきました。